
人と会って話すと、わかりやすく伝えようと考えすぎるためか、いつも思っていることを、ちょっと大袈裟めに話してしまう。嘘ではないが、大袈裟めに話すのだ。
例えば、「銀塩のプリントに比べてデジタルプリントが一段低く見られるのが腹が立つんだ」みたいなことを言ったとする。本当は腹なんか立ってないんだけど(笑)、わかりやすく「腹が立つ」などと言う。嘘ではないが、大袈裟なのだ。
大袈裟に言ってしまうと、本当にそんな気がしてくるから面白い。自分の嘘に、いや、嘘じゃないけど、自分の大袈裟に乗ってしまう、というか。
そしたら、本当に「めっちゃ綺麗なデジタルプリント作ったろうやないの!」などと奮起したりする。
コミュニケーション上の方便がエンジンになって何かが推進する、こういうちょっとした「当てずっぽう」感が面白いなと思う。案外こういう小さな当てずっぽうが世界のいろんなことを動かしていくんだろうな、などと考えて楽しくなる。
世界は肝心な部分が、少し雑にできている。
- 2013/05/25(土) 01:28:58|
- 日々
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ユージン・スミスの『水俣』の中の1枚。この歴史的な写真が遺族の意向により今後の公開・展示を封印されたというので、手に入るうちに写真集を買っておきました。日本語版は2万円を超える値段で流通していますが、英語版で6300円。
皇室の縁者がチッソに絡んでいるので日本での復刊はもう無理、などと言われてるけど、どうなんでしょう? まぁ、この1枚を削除して復刊してもなぁ、というのはありますけどね。
- 2013/05/21(火) 21:47:39|
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