
腰の据わらない読書生活。
大辻清司『写真ノート』(美術出版社)再読、飯沢耕太郎『写真について話そう』(角川書店)再読、『ピーター・ライス自伝』(鹿島出版会)、紀田順一郎『東京の下層社会』(ちくま学芸文庫)の4冊を日替わり順繰りに持ち出して併読中。
飯沢耕太郎って、写真評論の第一人者ということになってるけど、どうなんでしょうね。
わかりやすすぎる、ってことを批難するのもおかしいけれど、何ていうのかな、論旨に突飛なところが一つもないのは、文字通り「第一人者」だからなのか。じゃあどうして「突飛な」ナンバー2が続かないのか。まぁ、突飛じゃなくてもいいけど。
写真評論といえば伊藤俊治とかいるけど、なんか一般的人気から言えば飯沢耕太郎の独り勝ちみたいな、ヘンな雰囲気になってるような感じが。
誰かかき回す人が出てこないと、最近の飯沢耕太郎って同じことばっか口調を変えて書き散らしてるだけになってるような・・・・僕が心配する話じゃないって?
でも写真評論にとっても、飯沢耕太郎にとっても、そして日本の「写真」にとっても、これって不幸なことじゃないかなぁ。
構造設計エンジニアのS氏からいただいた『ピーター・ライス自伝』。その世界ではカリスマのような方らしいですが、知りませんでした。
門外漢の僕にこの本を読ませようと思ったS氏のセンスが愉快だと思ったので、ちびちびわかりそうな部分から読んでいます。
僕が写真を全く知らない人に写真の本を推薦するとしたら何だろうか、なんて考えてしまいました。
森山大道『昼の学校 夜の学校』、石内都『モノクローム』あたりは筆頭候補かも。
- 2008/07/20(日) 23:25:04|
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石内都『キズアト』(日本文教出版)読了したので、同じ棚に置いてあった森山大道『写真との対話』(青弓社)を持ち出して再読。
僕はそんなに森山大道の写真の大ファンで、という感じではないつもりだったけど、そういえばけっこう本も持ってるし、知らず何度も読み込んできたみたい。
今回久しぶりにこの本を読み返してみて、写真に対する考え方とか、いつのまにか思いっきり影響を受けてるんだなぁと自分でもびっくりした。
撮る写真は似ても似つかないけれど、彼の言葉にいちいち深く頷いてしまう。
続けて『昼の学校 夜の学校』(平凡社)も再読。この本は前にも
ここに書いたけれど、ここまでサービス良く喋っちゃっていいの? って感じの、ものすごく親切な「写真入門」の本だと思う。森山大道が好きでも嫌いでも、写真撮る人は読んでおいて損しないんじゃないか。
・・・・・
悠さんの
navelでの展示を見に行くついでに、会場で待ち合わせて福永君・瑞穂さんと
『沈降速度』のミーティング。
二人の顔を見たら、もうなんかいい展示になりそうな気がしてしまう。まだ撮ってないのに(笑
でも、なんかね、絶対にいいのが出来ると思う。楽しみにしてて下さい皆様。
ところで悠さん、あのヤケクソに明るい展示は一体・・・(苦笑)
・・・・・
14年間音信不通だった旧友と連絡がとれた。
彼がいない間は色々心配もしたが、こうして無事がわかると、14年というブランクがなんだか楽しく思える。
どういう埋め方が面白いだろうか、なんて。
- 2008/07/07(月) 00:17:36|
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多分100回以上読んでいるはずなのに、また泣いてしまった。電車の中で。
大島弓子『夏の夜の獏』。
前のお姉さんに怪訝な顔された。見るんじゃない、こら。
こないだ大量に仕入れてきた新刊&古本が机に積まれているのに、なぜにわざわざ100回以上読んだ本をまた引っ張り出してきて読んでいるのか。
しかし、いくら短編とはいえ、100回読むに値するものに出会えたなんて、なんて幸福なんだろう。
・・・・
B君に、ずいぶん前に撮った家族写真(たぶん1ヶ月半、いやもっと経ってる)を、やっと渡す。すんません、遅くなって。
末永くお幸せに。
・・・・
相方が誕生日プレゼントだと言って図書カードをくれたので、せっかくだから写真集でも買おうとジュンクへ。
アラーキーの『空事』(スイッチ・パブリッシング)にしようかと思ったが、せっかくだから図書カードの満額を使うくらいのものを、と選び直しているうちに閉店時間になった。
まぁ、また今度ゆっくり選ぼう。
アラーキーの『空事』を考えたのは、昨日書いた、杉浦日向子の、最後のポートレートが載ってるからだ。
すでに持ってる白水社『写真ノ話』にも出てる写真なので(こっちの本は杉浦日向子との対談つき。献呈も杉浦日向子に、とある)悩んだのだけど、他の写真もいいし、装幀もかっこいいので次に買おうと思う。
石内都も考えたが、また保留。彼女の本は、なぜか購入に思い切りが必要。なぜだ?
メインサイトの『写真集を買いに』は、一部の方々に好評いただいているんだけど、最近は経済難で(哀)新しいのを書けず。
どうせなら久々に1本書ける写真集を買いたい。
気長に待っててください、数少ないファンの方々。
(最後のキース・カーター書いたのっていつだっけ? 絶対1年以上たってるはず・・・)
↑[追記] 今調べました。2006年7月でした・・・・2年近く経ってる!
『写真集を買いに』
- 2008/06/18(水) 00:48:34|
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誰か参入してくれると思っていたのに、昨日の大島弓子ネタ、どかさん以外にカラむ人なし(笑)
みんな、大島弓子読んでないんですか?
大島弓子読まずに何読んでるんですか?
もったいないなぁ。
山崎まさよしの曲から思わず大島弓子の話に突入して盛り上がってしまったので、今朝は澁澤の『ドラコニア綺譚集』をカバンから追い出して、大島弓子選集10巻『ダリアの帯』を持って出る。
くだんの『ダリアの帯』『夢虫・未草』の他に『金髪の草原』や『快速帆船』等の傑作も含むお得なセレクション。
久々に堪能する。
明日は『夏の夜の獏』が入った巻にしよう。『つるばらつるばら』も読みたいな。
・・・・・
漫画家つながりでもう一人。
前に買って置いてあった夏目房之介『マンガに人生を学んで何が悪い?』(ランダムハウス講談社)を、帰ってからパラ読み。
杉浦日向子に関する凄い話を見つける。以下引用。
杉浦さん自身、じつはかなり以前から白血病であった。が、ごく身内以外には知らせず、知人にはいつも通り接したままで、さとらせなかった。数少ない病気を知っていた人にこういっていたという。
「わたしを選んでくれた病気ですから・・・・」
受け入れるなんて受動的な言葉では足りない。
彼女を送る会で木の実ナナさんが会衆を前に語った話がある。亡くなる直前、初めて電話で病気を打ち明け、そんな状態にある女性の気持ちについてだったら今なら何でも話してあげられるといったという。言葉を失う。(p166)御存知の方も多いと思うけれども、杉浦日向子さんは長年白血病と闘った末に、2005年7月、最後は咽頭癌で、46歳の若さで亡くなりました。
うちの娘の名前「日向子」は、もちろん彼女からいただいたのです。
- 2008/06/16(月) 01:31:08|
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↑無意味に澁澤龍彦ごっこなどしてみる。ヒマなんか俺は(笑)別に似てないし。■澁澤龍彦『快楽主義の哲学』(文春文庫)
僕の高校時代といえば、もう澁澤龍彦、寺山修司、坂口安吾である。
もちろん他にも読んでるけど、強烈な爪痕を刻んだのはこの三人だろうか。
澁澤・寺山は、本当は僕よりももっと世代が上の人が熱狂したんだと思う。
寺山修司が死んだのは僕が高校に入学した年で、澁澤龍彦が死んだのは僕が二十歳の年。まさに彼らの最晩年に、僕の読書歴がぎりぎり滑り込んだみたいな形なのだ。
大学の学食前で煙草を吸っていたら、よく文学のことなどを語り合っていたクロサワ君が「おおカマウチ知ってるか。澁澤龍彦死んだぞ」とニュースを知らせてくれたのを覚えている。
すでにその頃は高校時代ほど熱心に読んでいたわけではないが(晩年の小説『高丘親王航海記』などがあまり面白く思えなかったこともあって)、それでもあれだけ高校時代に読み倒した人である。寂しく感じた。
以来20年、あまり読み返したことはなかったが、『快楽主義の哲学』(文春文庫)が古本屋に安く出ていたのでちょっと読んでみた。
元々がカッパブックスで出版された「一般」(?)読者向けの本だけに、いつもの澁澤龍彦よりも、かなりサービスがいい感じだ。ていうか良すぎだろ。
一般サラリーマンにもディオゲネスやサドやカザノヴァがわかるように(笑)。あ、別に笑うところじゃないか。いや、笑うとこだよ。
この本の初版が42年前に出たとき、世の澁澤ファンは憤慨した。澁澤龍彦ともあろうものがカッパブックス! しかも北鎌倉に家を建てるのに金が要るからだという噂も流れた(噂じゃなくて本当みたい)。
この本の過剰なわかりやすさは、まぁそういった事情による。が、最近もう一冊『エロティシズム』(中公文庫)を拾い読みしたときにも感じたのだが、なんだかちっとも昔感じた妖しいニオイがしないのだ。
高校時代に読みまくっただけに、完全に僕の土台の一部になってしまっているからなのか、世の中が進んで、澁澤龍彦ごときもはや「異端」でも何でもないからなのか。
寺山修司は風化しないが、澁澤龍彦はすでに歴史の彼方という感じ。
寂しいけれど、彼は役割を果たして退場したのだと考えたい。
- 2008/06/09(月) 01:03:14|
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水木しげる『猫楠』を読み返したので、久々に他のも読んでみたくなった。
『神秘家列伝<其ノ参>』(角川ソフィア文庫)。出口王仁三郎に興味があって、前に壱・弐を飛ばして参だけ単品買いした本だ。
これまた面白く読み返せたので、本屋で続きの<四>を買う。
冒頭の仙台四郎の話に涙。「バァヤン」という悲痛な声が頭に残って離れない。
水木しげるってすごいなぁ。こういうの書かせたら、ほんとたまらん。
千日前味園ビル内の
Bar"Navel"で、九月に一緒に展示をする福永貴之君が展示中。
http://blog.navel.cc/意表を突かれました。
降参です。なんて素敵なの。力抜けまくり。
チクタクトゥラボ/福永貴之
- 2008/06/05(木) 07:05:25|
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カメラは持ち歩いているけど、全然写真撮れない。
風邪で体しんどくて、というのもあるし、「ガチンコ」で弾を撃ち尽くしたってのもある。
最近の読書。
■川端裕人の「育児もの」を二冊読んだ。『桜川ピクニック』(文芸春秋2007)と『みんな一緒にバギーに乗って』(光文社2005)。
古い『みんな一緒にバギーに乗って』の方が面白かった。男性保育士(男の「保母さん」)を主人公にした連作小説。
川端裕人は小説家というより、ネイチャー系のノンフィクションを書く人、として馴染んできた。『クジラを捕って、考えた』(PARCO出版1995)、『イルカとぼくらの微妙な関係』(時事通信社1997)、『動物園に出来ること』(文藝春秋1999)、『緑のマンハッタン』(文藝春秋2000)、『ペンギン、日本人と会う』(文藝春秋2001)など、どれも抜群に面白い。
とくに『ペンギン、日本人と会う』は、日本の動物園のペンギン飼育史なのだが、僕の知り合いの飼育員さんがたくさん出てきて、酒を飲んだらただの変態親爺に変貌するあのKさんが日本のペンギン飼育に骨身を削って尽力したこんな凄い人だったのか! とか、登場人物に知り合いが多いだけに感動もひとしお。
あ、僕はちなみに、最近全然活動に参加してないけど、日本ペンギン会議というペンギン飼育者や研究者で作る団体の会員です。
川端さんにもペンギン会議の全国大会で講演をお願いしたことがあります。
(著者名としての呼び捨て「川端裕人」と、お世話になった人「川端さん」を同文中に同居させるのって、なんだか居心地悪い・・・)
■松居竜五著・ワタリウム美術館編『クマグスの森』(新潮社とんぼの本2007)。
文章よりも、ビジュアルを楽しむ本。南方熊楠の粘菌スケッチや南方マンダラ等、関連写真満載で、熊楠ファンは買って損なし。
『クマグスの森』の写真を堪能した後に、水木しげる『猫楠』(角川文庫ソフィア)を久々に読み返す。
水木しげるの雑然とした構成力(?)と、南方熊楠の雑然としたスケールの大きさ(?)がシンクロして、まさに「雑然とした」傑作である。
「雑然」が誉め言葉に聞こえないなら、「奔放」と言い換えようか。
南方熊楠を描くなら水木しげる。なんか納得してしまう。
飼猫「猫楠」がかわいい。
・・・・・・
疲れて本が読めない行き帰りには、iPodでアニ・ディフランコ。
前からよく聴いてたけど自分の中でブーム再燃。
『Not A Pretty Girl』と『Dilate』は何回聴いても凄いなぁ。
自分がヘタってるときにはこういう攻撃的な音楽で景気づけ。単純(笑)
アニ、僕にシャッターを押す力を!
- 2008/05/28(水) 23:37:21|
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忙しい忙しいといいつつ最近読んでた本。
■森枝卓士『食べてはいけない』(白水社)
以前から思っているのだが、この人、世界各国自分の足と舌で食べ歩く「ちゃんとした」食のジャーナリストなのに、何だろう、書き方の癖というか、ものすごく伝聞・風聞のたぐいと自分でせっかく確認したことをゴチャ混ぜてしまうというか、何だか文章ツメが甘いのです。
ブックオフの100円叩き売りコーナーで横森理香のダイエットの本をパラパラ立ち読みしてみたら、「何々は□□に効果があるといわれています」とか「○○らしいです」とか「△△だそうです」とか、ことごとく伝聞型で書かれていたことにびっくりしたけれど(完全に責任回避の書き方)、森枝卓士も横森理香程度と同列に扱われたくなかったら、もうちょっと書き方を工夫した方がいいんじゃないかしら。
(あ、こういう書き方するから○○さんに怒られるんだな。○○さんが横森理香ファンでないことを祈ろう。)
テーマはいつも面白いのになぁ、森枝卓士。
■山田風太郎『明治断頭台』(ちくま文庫)
「本格推理」というのが、どうも苦手だ。
ゲーム性ではなく、まずエンターテインメントとしての質とか、一時期の東野圭吾や宮部みゆきのような文学的情緒の有無といったところでその本の良し悪しを判断したい方である。「仕掛け」は必要最小限、できるなら一切使わないのが、逆に「ミステリー」としての格を上げるんじゃないか、と僕は思っています。
だから山田風太郎が「僕の書いたミステリーの中では一番なんじゃないか」というこの『明治断頭台』、小狡い五人の邏卒や金髪の巫女エスメラルダ、時代錯誤な古装束で檜扇を振るって強盗を退治する主人公など、キャラクターの面白さは抜群なのだけれど、どうもトリックが「本格」っぽく仕掛けものくさくて、何だかなぁ、と思っていた・・・途中までは。そう、途中までは。
詳しくは書けないが、最後まで読めば「何だかなぁ」がいきなり「恐れ入りました」に。
ああ、何回目のつぶやきだろうか。
山田風太郎、凄い。
■盛口満『ゲッチョ先生の卵探検記』(山と渓谷社)
盛口満の著作は出たらすぐ買う。全部買う。今本棚を見たら全部で24冊あった(まだ数冊手に入らない本もあるけど)。
『僕らが死体を拾うわけ』(どうぶつ社)以来の大ファン。
おすすめです。理科系苦手の僕でも没入。本当に面白い。裏切りません。
ナナフシってオスなしでもクローン繁殖出来るって知ってました? カマキリはバッタよりゴキブリに近いって知ってました?
早川いくを『へんないきもの』(バジリコ)みたいな半端な著者の半端な本が売れるのを見るたび、ああ、どうしてもっと世の人は盛口満を読まないんだろう、と嘆かわしく思うカマウチなのです。
どっちが面白いとか、そういう話ではないのです。土台が違うのです。ココロザシが違うのです。
- 2008/05/13(火) 20:33:03|
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あの頭痛の翌々日あたりから、今度は喉の痛みに苦しんでおります。
頭痛で吐いたりしたので胃酸で喉を焼いてしまったようなのですが、どうもそこからウィルスがとりついて風邪に進行した模様。
寝込んでおります。
おととい、昨日は外の撮影仕事にだけ出て内勤は勘弁してもらい、今日は朝からずっと寝倒し。明日も休みをもらいました。
一日4時間半〜5時間の睡眠というペースに長年慣れていたのですが(二十代からずっとそう。その代わり眠りは深い)、さすがに40歳を越えて、眠りの深さでは睡眠時間の短さをカバーできなくなってきたのでしょうか。
最近の体調の悪化はそのせいだ、とまごさんに怒られたところでした。
ブログやmixi等のコメント書き込みの時刻で、僕が何時まで起きてるかバレバレですもんね。
まぁ、体調悪化は良いことではないですが、せっかく寝込んでるわけですし、こういうときは寝床での読書を堪能しましょう。
実際しんどいのでずっと読んではいられないのですが、眠ったり読んだり眠ったり読んだり、それでもかなり読みました。
■山田風太郎『地の果ての獄』(文藝春秋)
1980年放送の大河ドラマ『獅子の時代』は、僕が中学1年のときに放送されたもので、最初から全編見たわけではないのだが途中から夢中になった記憶がある。脚本が山田太一、主演は菅原文太。
その菅原文太演じる主人公が送られるのが北海道の樺戸集治監だった。
その樺戸集治監を舞台に、そこの若き看守を主人公に描かれる、囚人たちや教誡師、医師、獄吏たちを巡る連作集である。
忍法帖の山田風太郎とは別人かと思われるほどの作風の違いだが、最後の最後のどんでん返しで「ああ、山田風太郎だ!」と呻かざるをえない大技が出る。
賛否両論あるかもしれない。
このラストを描くのは山田風太郎にしか許されないだろう。
次に読んだ『幻燈辻馬車』の設定もそうだが、「こんな大技、山田風太郎じゃないと許せない!」と思わせて、ちゃんと納得させるだけのものを彼は積んできているわけである。
もしかして彼が忍法帖を書きまくってきたのは、「明治もの」でこの大技を使うための蓄積だったのではないか、とまで思ってしまう。彼の積み上げてきた作風の上に立ってしか使えない禁じ手。
賛否両論あるかもしれない、と書いたが、もちろん僕は「賛」。
■山田風太郎『幻燈辻馬車』(上下・ちくま文庫)
娘の名前が「お雛」というだけで、もう感情移入しまくり(笑)。
で、主要登場人物のうち二人までが「幽霊」である。お雛が呼ぶと父の幽霊が、そしてその父の幽霊が呼ぶと、祖母の幽霊が出る。山田風太郎曰く「二段じかけの幽霊」。
こう書くと、なんだか荒唐無稽な安い小説のように思われそうだが心配は無用。
詳しくは書かない。
傑作、と呼んでいいのではないか。
ラストシーンの美しさは比類がない。全世界の小説でラストシーンの美しさを競うコンペがあったとしたら、三指に入るかもしれない。
遠からず、もう一回読むと思う。
こんな傑作を品切れにしておいていいのか筑摩書房。
さぁみなさんも、ネットで古書検索かけて、ぜひ入手されたし。
- 2008/04/06(日) 22:31:56|
- 読書狂
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西宮・武庫川すずかけ作業所のギャラリー&カフェ「ぷれんとり」が今月末で閉店。
作業所に通う人の絵画作品や、他にもいろんな展示をここで観た。
「君は手ぶらでやってきた」の『かた夜の脇道』(田口誠)という素晴らしい詩を知ったのもここで。
http://kamanekoblog.blog58.fc2.com/blog-entry-144.html舛次崇のゾクゾクするようなカッコイイ絵も、僕はここで初めて観た。
こういう「外向け」の窓がなくなるのって、どうなの?
残念。というか、切に再開を乞う。
・・・・・
山田風太郎+森まゆみ『風々院風々風々居士』(ちくま文庫)読了。
ちくま文庫の『山田風太郎明治小説全集』全14巻を刊行するときに、編者森まゆみが山田風太郎に行ったインタビュー集である。
であるから、内容はいかに『山田風太郎明治小説全集』が面白いか、ということなのであって、ああ『幻燈辻馬車』面白そうだなぁ、とか、『地の果ての獄』は昔大河ドラマでやってた樺戸囚治監が舞台なのか、とか、さんざん興味を引いておいて・・・・
肝心の『山田風太郎明治小説全集』が品切れ・重版予定なし、ってどういうこと???インタビュー集(誘引剤)だけが現役って!
シェフの料理説明をさんざん聞いた挙げ句に、食べる直前で料理を全部下げられたかのような悔しさ。そりゃないよ筑摩書房。
ネットで古書店検索して、とりあえず『幻燈辻馬車』と『地の果ての獄』は入手。
あと、相方が『エドの舞踏会』を以前に買っていて家にあった。何だよ、いつのまに山田風太郎読んでたんだよ。先を越されてちょっと悔しいが、まぁ、おかげでちゃんと読めるんだから感謝である。
- 2008/03/28(金) 01:30:17|
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