OK,Darling. But What is Photograph?

だから写真って何なのよ/カマウチヒデキ

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腐肉狼

070626funiku_san.jpg


説明不要。いい男。

ヒカリチュウドク

Fotologue : ヒカリチュウドク

Flickr : finuku_ookami

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  1. 2007/06/27(水) 02:25:28|
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読書貧乏

070625ango.jpg


坂口安吾を久しぶりに引っ張り出して読んでいる。
高校生の時にどっぷり嵌った。当時買った角川文庫のシリーズが今でも家にあるが、カバーも中身もボロボロである。相当読み込んでいる感じ。

その後講談社から出ていた『坂口安吾選集』というのを全巻揃いで買った。
さすがに学生の身分で『定本坂口安吾全集』(冬樹社)までは金銭的に追いつかなかったようで、残念ながら『選集』なのだが、これだって12巻あるし、古本だがたしか2万円以上したはずである。学生時代の2万円は相当な大金だが、あの頃は「飯を抜いてでも好きなものを買う!」という心意気が通用した。
ちなみに家には『折口信夫全集』全32巻、なんてのもある。これは巻数の割には意外と安くて1冊あたり1000円。つまり3万2千円だった。
谷崎全集もあるな。生前刊行の半端なやつ。スイッチョンさんにあげる約束をして、まだ持ったまま。今度持って行きます(私信)。

大学は1年ちょっとで行かなくなってしまったのだが、大学図書館に出入りする身分を確保するためだけに「退学」ではなく「休学」にした。
講義には1つも出ないくせに、たまに大学図書館にはいるもんだから、僕が休学していることを知らない人も多かったかもしれない。
まぁそんなことも長くは続けられないから結局1年後には退学したんだけど。

あの頃って、本当に浴びるように本を読んでいたな。バイトしたお金は劇団の活動費と本だけに消えていた。飯は飲食店(カンテ)で働いていたから食えたし、服もカンテが当時やってたNPという服屋で社販で買うから安い。
タバコを買うお金がなかったから、最初の半月は普通にタバコを吸い、月の後半はその吸い殻を缶にためていたものを土産物屋で買った安いキセルに詰めて吸った。

冗談じゃなく本当にお金がなくて、当時履いていた靴の底が破れて穴が開いていたのをガムテープでぐるぐる巻いて履いていた。その当時つきあい始めた彼女がいて、まぁ今の相方なんだけど、今でもあのガムテープで補修した靴が忘れられないらしい。
「こんなビンボーな人はじめて見た」

こんなに貧乏なのに、本だけは月に数万円単位で買うのだ。いや、言い方を間違えた。こんなに本を買うから貧乏なのだ。
当時住んでいた淀川区の古い1Kのアパートの四畳半、部屋の真ん中に布団を敷き、出入り口と押し入れのある一方を除いて、三方すべて本が積んであった。

浴びるように本を読む、なんて今の生活じゃなかなかできないものね。貧乏はしたけど僕の人生の中では必要な時期だったろうと思う。
坂口安吾はそんな時期に読み込んでいた人である。

もう、いいとか悪いとか、そういう評価軸にはないな、坂口安吾って。
読み直してみると『安吾史譚』なんか相当にいいかげんな殴り書きだ。酔っぱらって殴り書きして推敲もしてないんだろう、と奥野健男が定本全集の解説で書いていた。多分そうなんだろうな。
小説も、けっこうひどいのがある。かと思うと唸るほど美しいものもあり、品質のバラツキが凄まじい。
でも、良いのも悪いのも、とにかく読み倒した。
僕の読書狂時代の、まさに土に鍬を入れまくっていた時代に読み込んだ人なので、今どんなつまらない失敗作を読んでも、その開墾の一鍬一鍬が思い出されて懐かしく嬉しい。
寺山修司もそうかな。
(澁澤龍彦もそうだと思ってこの前ちょっと拾い読みしてみたら、澁澤龍彦はなぜか全く乗れなかった。なんでだろう。)

今は『安吾新日本地理』と、『いずこへ』『白痴』などが入った文庫の短編集をバラバラにあっち読みこっち読みして楽しんでいる。
昼飯を抜いて、大学の学食前で知り合いを見つけては貰いタバコをしてタバコ代を浮かし、無理矢理作った金を持ってかっぱ横丁の加藤京文堂で安吾選集を買った日のことは今でも覚えている。
こういうビンボーというのは、やってる本人は楽しいものなのだ。


  1. 2007/06/24(日) 23:53:37|
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撮らぬ鴉算用

070622karasu.jpg


これから書く話は、誓って言うが嘘ではない。僕のブロニカを賭けてもいい。ついさっき遭遇した、正真正銘本当の話なのである。

今日夕方、小雨降る中、西宮市内の某中学校へ仕事の撮影に行った。気温も高く、雨ということもあって体育館の中は凄まじい湿気。そんな中で運動部の写真を撮るのだ。撮る僕の方まで大汗かいた。

予定の運動部をすべて撮り終わり、カメラバッグに機材をしまい、車に積んだ。で、大汗かいて喉がカラカラなので、帰る前に水分を補給しようと車に機材を残して中学校の外へ出た。
雨はほとんどやんでいたので傘は持たず、手ぶらで出たのだが、校外に出る前にちょっとだけ悩んだのは、仕事用でない私物カメラを肩に架けていくかどうか、ということ。いつもならどんな近所でも迷わずカメラを提げていくのだが、ほとんどやんでるとはいえ雨は雨である。数秒の逡巡の末、車に置いて出た。

雨はほとんど上がったが、今度は風が出てきた。傘をさしている人が煽られるくらいの強風。
その強風の中を、ふと見上げると一羽の鴉が中空でホバリングして遊んでいる。風を弄ぶように上下に揺れ、少し進んでは戻り、もう比喩でも何でもなくまさに十全の意味で「遊んでいる」のだ。そうとしか見えない。
鴉の中には暇つぶしに電線を足でつかんだまま逆上がり的に一回転したりして「遊ぶ」やつもいるらしい。彼らの知能はそういうレベルにまで達しているのだ。

さて、その空中浮遊する鴉を見ながら思ったことは
「こんなときに限ってカメラがない・・・」
なのだった。
が、車に残してきた今日の私用カメラはEOS-RTに20ミリレンズである。今持っていたとしてもホバリング鴉を撮るには広角すぎる。撮っても豆粒ほどにしか写らない。
僕はこういうときの諦めはけっこう早い方である。カメラ持ってたとしてもどうせろくな写真にならないのだから、まぁよしとしよう。

・・・ということを考えながらふと空を見ると、さっきまで鴉が浮かんでいたあたりから、いつのまにか奴が消えている。
「あれ?」
と思うや否や、バサッ、と鋭い羽音が聞こえ、その直後、僕の後頭部に凄まじい風圧が走った。
「うわ!」
と見上げる空に、急上昇していく先刻の鴉が。

そう、奴は僕が目を離した隙にホバリング体勢から急降下し、僕の背後の地面スレスレから体を起こして僕の後頭部をかすめて飛び去ったのだ。

鴉にイタズラすると鴉はいつまでもその人を覚えていて、街中でイタズラした者に出会うと急に攻撃を加えたりする、というのを読んだことがあるが、僕は今まで鴉を虐めたことなんかただの一度もないぞ??? 一体何なんだ?

色々考えを巡らしている間、またその鴉から目を離していた。
すると、なんと第二陣が来たのである。
まったく同じように、一度地面スレスレまで降下したのち、僕の後頭部を羽根で殴るようにしてそのまま上空へ。今度は電柱の天辺に止まってじっとこっちを見ている。
さっきは風圧だったが、今回は完全に接触している。羽根で僕の頭を撫でて行ったのである。

まずはウンコ爆撃を想像したが、幸い頭にウンコされた形跡はない。クチバシや爪でやられたわけじゃないから痛くはないのだが、しかし後頭部に羽根だけ当てていくというのは、鴉としても相当に高等技術なのではないか?

・・・遊ばれてる?

二度あることは三度あるだろうか。
振り返って電柱の天辺をみると、奴はこっちを見たまま動かない。
これは来るな、と思った。

しかし、カメラは手の中にないのである。20ミリ付きEOSは車の中。
手元にカメラがあれば、と、次の鴉襲来に備えて、思わずシミュレーションをしている。
露出は1/60のf5.6でいいだろう。レンズは20ミリだから引きつけたところを一発勝負だ。一発勝負にAFは危険。MFにして距離1mで決まり。シャッターは連射モード。
最初の羽音が聞こえたら即座に振り返って、ファインダーは覗かず、鴉のクチバシにカメラを突き出す感じでとにかくシャッターを押すのだ!
よし、準備万端!(・・・想像上の、ね 笑)

歩きながら耳をすますと、やはり来た。羽音が聞こえる。頃合いを見計らってうしろを振り向く。まさに1m先の空中に奴がいる。
計算通り! 
振り向いた僕に驚いてか今回は触れるまでは近づかず、僕の目の前を空中に駆け上がる。
離れていると言っても羽風は感じる程度の距離。相当の迫力だ。

まさにシミュレーション通りに、シャッターを切れた・・・・はずである。
この手にEOSさえあれば(泣)。
こうして僕の「未撮の名作」リストに、新たな傑作が並んだ。

・・・・・

その後、もう一回があるかも、と思い、車にEOSを取りに戻ろうかとも考えたが、さっき振り向いたことが鴉を驚かせたのか、一声「あー」と鳴いて、今度は遠くの空に消えた。

あの鴉は何をしたかったのか。
退屈しのぎ?
退屈しのぎでも何でもいいよ、いくらでも相手してやるからさ、お願いだ、今度はカメラ持ってるときに来てくれ。

いや、たかが自販機にお茶を買いに行く短い時間とはいえ、そしていくら小雨の中だったとはいえ、カメラを置いていった僕が悪いのである。
鴉にあんな風に遊ばれて、嬉しかったり悔しかったり、という珍しい体験なのでした。おわり。

(写真の鴉は今日の鴉ではありません)
  1. 2007/06/22(金) 20:10:15|
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本に傍線

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海音寺潮五郎の短編集を5冊一気読みしたついでに、史伝集『悪人列伝』を拾い読み。久しぶりに面白かったので、似たような傾向の本を読みたくなり坂口安吾の『安吾史譚』を探す。
ちくま文庫の全集の17巻に入ってるんだけど、引っ越しのどさくさでか、その巻だけ見あたらない。坂口安吾は講談社版の『選集』も持っているので、それを探すと『安吾史譚』は全収録されてなくて抄録だった。どうせなら全部読みたいのに・・・いや待て、あったはず。ほら、冬樹社の『定本 坂口安吾全集』の第9巻が、これは1冊だけ古本屋で見つけて単品買いしたものだ。
これは『安吾巷談』『安吾新日本地理』『安吾新日本風土記』『安吾史譚』が1冊にまとまったスグレモノなのです。
欠点は持ち歩くには重いことと、前の持ち主の書いた傍線や書き込みがたまにあること。みんな、本には線引いちゃ駄目だよ。って、昔僕もやってたけど。

線を引くといえば、R.ブルトマンの『イエス』(未来社)とか、ああいう小難しい本を線を引き引き読んでた時代があって(田川建三の『イエスという男』三一書房、がものすごく面白かったので、一時期キリスト教関連の本を読みあさっていたことがあったのです)、最近の引っ越しでその『イエス』が出てきたんだけど、まぁくそ真面目に線引きまくりで受験生の参考書みたいになってた。かっこわるー。
でも、引っ越しの手をとめて傍線部分だけ拾い読みしていくと、なかなか的確なところに引いてる感じで、いいようにダイジェストで読めるんですね。で、ダイジェストで1章分くらい読んでみた結論からいえば、ううむ、全然面白くない(笑)。線引いてまで頑張って読む本じゃないぞ、これ。僕はあのころ何になりたかったんだろうな(二十歳前後だったと思う)。

で、海音寺潮五郎はひとまずお休みにして、今日からしばらく坂口安吾回顧月刊に入ろうかと。坂口安吾の歴史系は面白いっす。もう発想が自由すぎ! よく言われることですが、坂口安吾は絶対に小説よりこの手の評論・エッセイ系が面白い。本人は不本意だろうけど(同じことは池澤夏樹にも言えますね 笑)。

坂口安吾、小説も好きなのもあるけど、出来不出来が激しいからなぁ。坂口安吾の小説のエロシーンを「ラジオ体操のようだ」と評したのは野坂昭如だったか(名言!)。
とはいえ『白痴』の冒頭書き出しは古今東西ありとあらゆる小説の中でも最高出色の素晴らしさだと思います。読んだことがない人はぜひ。新潮文庫と講談社文芸文庫で読めます。


  1. 2007/06/22(金) 02:57:22|
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15年前のプリント

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引っ越しから3ヶ月、実はまだ荷物が全部開いていない。
ヒナコのいる生活にもやっと少しずつ慣れてきたので、昨日あたりからまた整理をぼちぼち始めた。荷物で埋まっていた暗室からダンボールを運び出し、とりあえず床を空けた。3ヶ月前に作った現像液とかまだ使えるかな。

暗室用品の荷物を開けていると、大昔にプリントしたバライタの写真がたくさん出てきた。独学でプリントをやりだした頃のものだ。

これがびっくりするくらい下手くそ!
こんなプリントを作って悦に入っていたのかと思うと冷や汗が出る。

・・・・・・・・

15年くらい前、当時、最寄りの駅の近くにあった古道具屋によく顔を出すようになって、店主のSさんと親しく会話するようになった。アンティーク全般を扱う店だったが、古いカメラも多少扱っていて、Sさんは昔写真の仕事をしていた人だった。
何度か古時計を買ったりしたくらいで、以後は何も買わずにただお茶を飲んで写真の話をするためにだけ頻繁に店に顔を出した。一度行ったら3~4時間必ず話し込んだ。僕より15歳~20歳は年上のはずだが(ちゃんと年齢を聞いたことがなかった)妙に話が合って、ついついいつも長居してしまうのだ。

彼は別の場所で週一回の白黒暗室教室を開いていて、本当は彼に習ってみたかったのだけれど、僕の仕事の都合と曜日が合わなかった。
その代わり、自分で焼いたプリントを何度か店で見てもらったことがある。

今回出てきたプリントがそれだ。昔Sさんに見てもらった写真だった。
ああ、こんな下手くそなプリントを、教室を開くほどの人に見せていたのか。
無茶だ・・・。

Sさんは一枚ずつ写真を丁寧に繰っていって、最後まで見終わると、もう一周、じっくりと無言で写真を繰る。そして言う。

僕は君なんかよりずっと長いこと写真焼いてるからな。このネガからやったらもっと調子出すことデケるわ。ここなんかもっと濃く焼いたらええなぁとか思てしまうしな。
でもな、これは僕が口出ししたらあかんことなんや。撮った君が決めることなんや。技術があろうがなかろうが、その時の君の技術で焼いた写真が、君の写真なんや。

Sさん、今ならもう少し上手く焼けるんだけどな。ちょっとはいい写真見せれるんだけど。

その後僕は同じ尼崎市内で小さな引っ越しを何回かして、ちょっとの方角の差でその店から足が離れた。二週間と空けずに会っていたSさんと、気がつけば数ヶ月に一回しか顔を合わせなくなり、いつのまにか一年近く会ってないなぁ、なんてことになった。
不義理を恥じて店に向かうと、シャッターが閉まっていて、「体調が思わしくなく、しばらく休みます」と張り紙がしてあり、それから間もなく、Sさんは亡くなった。あまりにあっけなくてびっくりした。見た目には頑健そうな人だったのに。

・・・・・・・

ああ、いい写真を焼きたいなぁ。
その下手くそなプリントを見ながら切に思ったのでした。






  1. 2007/06/19(火) 21:30:45|
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ミノルタ&コーワの写真

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長い間撮りっぱなしで未現像だったtri-xを十数本、とうとう自家現像をあきらめて外注で現像しました。現像代、痛てててて。
K村さんにいただいたミノルタコード・オートマットや、D木さんに借りたコーワシックスで撮った写真が多数。あと、ライカ、サムライ(笑)など。

ミノルタは前に使った印象ではコントラスト高めの、わりとスッキリした描写でしたが、今回はやや不足気味の露光のものに「おっ」というコマがあり、あえて減感気味の現像をしたらトロンとした美しい階調を出せそうな予感。次はわざとやってみようかな。

コーワシックスは噂通りの軟らかい、美しい描写です。軟らかいまま銀塩プリントするもよし、スキャンして暗部を締めてみるもよし。いろいろ遊べそうなレンズです。

ミノルタ、コーワの写真を順次フォトログフリッカーにアップしてます。


[追記]
京セラ・サムライで撮ったハーフサイズの写真も追加。
サムライって・・・サムライって・・・・多分もう使うことはないだろう。

  1. 2007/06/16(土) 19:42:23|
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丼話など

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前に滝谷不動尊にヒナコのことで願掛けに行った帰り(参照:「祈るということ」)、滝谷不動の駅前のうどん屋で食べた親子丼が、ちょっとびっくりするくらいに美味しかった。
しっかりダシをきかせて味付けも濃いめ、玉子の半熟具合も名人級で、見た目も味も完璧な、これぞ正統派! という感じの、本当に見事な親子丼だった。

最近仕事で行った宝塚の某高校の学食で「カツ丼」を食ったのだが、値段は300円、カツがペラペラなのは仕方ないとして、ちょっと面白いのは玉子で綴じるのではなく、「玉子が入ったあんかけ」で綴じてあったことだ。
大勢の生徒たちが集中する昼休みに、いちいち半熟具合を気にしながら火と格闘するのは土台無理な話。しかしなんとかクソ忙しい中でも「カツ丼」ぽいメニューを作れないだろうか、という懸命な工夫が感じられて小気味よく、味はもちろん「正式な」カツ丼とは違うものになっているものの、それなりに美味しかった。次またあの学校へ行ったらあのカツ丼を食べようと思う。

しかしこういう変則技もいいけれど、しかしやはり滝谷で食べたような、正統派の丼を食べたいよなぁ・・・と、変則カツ丼をそれなりに楽しみながらも、心はいつしかあの滝谷の店へ。
でもなかなか綴じ丼の美味しい店ってないですな。いろいろ食べ歩いてみたけれど、あそこまで真剣勝負な丼には出会えない。
ヒナコの快癒のお礼に、また滝谷へ行って来ようかな。お礼というより明らかに親子丼目的だな。不動明王様、怒るかな。

ちなみに今までで最低だと思った親子丼は阪急今津駅すぐそばにある某店。
「半熟玉子のおいしい親子丼!」という惹句につられて頼んでみたら、ガチガチに玉子に火が通った親子丼をまず作り、その上に生玉子(!)を割り入れて出してきた。
おい、これは反則だろう! と怒鳴りたくなったよ、ほんと。反則というか、詐欺だよな。調理師としてのプライドっちゅーもんがないのか!
同じ「簡易版」でも某高校学食のあんかけ式の方がはるかに志が高い。恥を知れ。

カツ丼といえば神戸三宮の名物「吉兵衛」。神戸の人はたいてい知ってるはず。最近神戸に行かないので長らく食べてないなぁ。ああ、恋しくなってきた。
あそこは帰る客が店主に「ごちそうさまでした」と声をかける率が7割を超える(カマウチ調査)という凄い店。思わず店主にお礼を言いたくなるくらい美味い、ということ。
カップルで行っても別々に座らせられる(席の空いた順に)という「掟」にも誰も文句を言わずに従い、「ごちそうさま」と声をかけて帰っていく。見事である。

・・・・・

と、なぜか丼談義などをしながら、あと4時間後に40歳になるカマウチです。
『マカロニほうれん荘』のきんどーちゃんと同い年になるのか。
感慨深い。


  1. 2007/06/12(火) 20:00:00|
  2. 日々
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現像する時間がないので

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すべて生活はヒナコに合わせて回る。
ヒナコが寝たら寝る。起きたら起きる。そうするのが一番無駄がないとやっと知る。

僕は毎日仕事に出るのでヒナコに関わるのは夜だけだが、相方は毎日病院に連れて行き、泣けばあやし、乳をやり、うんこを拭き、フル回転でヒナコに向き合っている。
職場への行き帰りに本を読む時間があり、写真を撮る時間があることすら申し訳ない気がする。

やっぱり現像をする暇なんかないので、たまりにたまったtri-xの撮影済を外注に出すことにする。数がたまっているので現像代が痛い。
痛い。痛すぎ。うおー。

現像できない → 外注せざるを得ない → カラー撮影が多くなる(カラーネガの方が現像代が安い)。
で、最近はフォトログやフリッカー、カラーばっかりだ。
いいかげんデジにしたら? という真っ当なご意見にはあえて耳を貸さない。僕は依怙地なのだ。

昨晩仕事帰りにライカに入っていた残りを撮りきって帰ってきた。ノクトンで夜の路上を写すのは楽しい。あんな青、こんな群青、と想像をふくらませながら30コマ近く撮りきって、抜いてみたらtri-xだった。
激しく凹んだ。


  1. 2007/06/11(月) 13:12:03|
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海音寺潮五郎ブーム

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海音寺潮五郎ブームである。
世の中は。
うそ。僕の中だけ。

『王朝』を読み終わったので文春文庫の短編集『剣と笛』『かぶき大名』を買ってみた。しばらく集中して読んでみよう。
ちなみに『王朝』、ほんとうに面白かった。特に最後の「春宮怨」「曠野の恋」は凄かった。あれが絶版だとよ。ほんとかよ。

歴史小説というのは、歴史的事実という骨組みがあって、史料が語り切れない合間の部分に作家独自の肉付けが入って完成するわけである。海音寺潮五郎の場合この「肉付け」が豪華絢爛なのである。ゴージャス。
ゴージャス、なんていうと装飾過多に嘘八百並べてるみたいに聞こえるかな。そうじゃなくて、付けた肉にちゃんと血が通っている、とでもいうか、肉が肉としてちゃんと蠢いているというか、何というか。

史料のない部分は作家の想像力でおぎなうわけで、それを否定する史料が出て来ない限りは、その「想像力」の部分は面白い方がいいのである、という意味のことを彼は何かに書いていたが、そういう態度を批判する人もいるわけで、大岡昇平なんかは「史料の用い方が恣意的にすぎる」と海音寺のこと難じていたらしい。
しかし歴史小説としてどうあるべきかという難しい問題はさておき、文芸作品としてはこの海音寺の肉付け作業は絶妙で、見事な効果を上げていると思う。
あるいは骨太く、あるいは怜悧に、あるいは軽妙に、様々な筆遣いを使える、相当に器用な作家である。劇作家に師事していたせいか会話の流麗なこと、品の上下を会話で描き分ける妙、これも魅力だ。

大岡昇平は海音寺潮五郎が許せないといい、その海音寺潮五郎は池波正太郎のことを最後まで認めなかったのだとか。
思えばハイレベルなケナし合いである。

ちなみに僕は池波正太郎も好きだが、まぁ、当然ながら海音寺潮五郎を読む態度とは別である。『鬼平』は『鬼平』で面白い。が、誰もあれを「歴史小説」だとは思ってないだろうに。
海音寺潮五郎、大人げないぞ(笑)

というわけで『剣と笛』をすでに読了し、『王朝』の続編『盗賊大将軍』(富士見書房時代小説文庫)もすでに半ばに達しつつある。
海音寺潮五郎、没してすでに30年。
いやぁ、今頃こんなにハマるとは。



  1. 2007/06/09(土) 23:14:18|
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海音寺潮五郎を復刊せよ

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このブログのタグに「読書狂」というのを作っているが、まぁ「狂」は大袈裟にしても、ある種の依存症であることは間違いがない。
最近はヒナコの夜泣きに悩まされて通勤や仕事中の移動の電車内は寸刻を惜しんで眠っていることが多いのだけれど、それでも少なくとも何か1冊持っていないと気が気ではない。
カメラを持たずに外出したときのそこはかとない不安感に似ている感じがする。撮る、撮らないの問題ではなく、いつでも撮れるという状態を作っておくことが精神的に肝要なのであって、本もそれと同じなのだと思う。一日に1行も読めない日があっても、それでも何か持っていないと落ち着かない。

昨日の朝、出かけるときに靴を履く段になって、そういえば前の晩の電車で斎藤美奈子の『あほらし屋の鐘が鳴る』をちょうど読み終わったのだと思い出した。次は『紅一点論』と決めていたのに、バスの時間が迫ってその本を探す余裕がない。今日読む本がない??? それは大変困る。

うちは玄関脇にすぐ文庫棚があって靴を履きながらでも手が届くので、とにかくそこから見ずに1冊抜き出して鞄に突っ込み、そのまま外へ出た。赤い背表紙の文庫だったな、としか見ていなかった。赤、何だろう。新潮の村岡訳アン? ハヤカワのアガサ・クリスティ?
バスの中で見てみると、答えは富士見書房時代小説文庫。おお懐かしい! 今はこんな文庫ないんじゃないかな。
海音寺潮五郎の『王朝』。奥付を見ると昭和62年発行とある。

前にも書いたことがあるが、海音寺潮五郎の『平将門』という歴史小説を、僕は愛している。好き、とかそういうレベルじゃなくて、もう愛してるのだ。
全三巻、新潮文庫のもので言うならば1800ページを越える大作。この1800ページを、誓って嘘ではなく、僕は今までに軽く10回以上は読んでいる。15回以上かもしれない。
それも再読だから流し読み、とか、この本に限ってはそんなことは絶対にしない。読み直せば読み直すほど、一字一句ゆるがせにせず、読み込むように読んでいる。十何回かの熟読に堪える、素晴らしい小説である。

最初に読もうとしたのは小学校3年生の時、なんと10才だ。
その年のNHK大河ドラマが『風と雲と虹と』。この『平将門』が原作で、加藤剛が将門を演じた。この加藤将門がかっこよかった!
しかしさすがに小学3年生には、ドラマは楽しめても原作小説は荷が重い。あえなく中途で挫折してしまう(当たり前だ)。

多分最初に読破したのは中学生の頃だったと思う。以来、最初に買った新潮文庫のものが、カバーは破れ、表紙は折れ、ボロボロになるまで何度も読み込んだ。さすがに見窄らしくなったので古本屋で弥生書房が出していた新書版(全4巻)を買い直し、初代の新潮文庫全3巻は捨ててしまった。「本を読み潰して捨てた」という経験は後にも先にもこの『平将門』だけである。我ながらすごいと思う。

今は弥生書房の記念出版版ハードカバー(全3巻)を買ったので、もう本の傷みに怯えながら読むことはない。頑丈な装幀の立派な本で、これならあと100回は読めるだろう。重いので持ち出して電車で読むのは辛いが(それでもこの装幀のものを買ってからでも3回読んだ)。

そんなにまで海音寺潮五郎『平将門』を愛している僕だが、実は海音寺潮五郎の他の作品に関してはあまり熱心な読者ではなく、代表作『天と地と』や『西郷と大久保』『二本の銀杏』なども読んだことがない。将門のことを好きすぎて、謙信も西郷も大久保も、何か物足りないのだ。どれも途中でやめてしまった。

今回たまたま手に取った『王朝』は短編集である。巻頭の「まぼろしの琴」という平安時代に材を取った美しい小説が心地よく、何度か読んだ記憶があるが、これ以外の収録作にあまり記憶がない。
で、昨日から読んでいるのだが、最初の2~3編にかすかに記憶はあるものの、途中から完全に印象がなく、半分以上未読であることが判明した。

それが、ものすごく面白いのだ。こんな面白い短編集を、よくも途中でやめれたな、二十歳前後のカマウチよ。

将門もそうだが、この人の小説は背景描写の情報量が半端ではない。見てきたように書く、というのはこういうことを言う。資料の少ない平安時代の町が、風景が、人が、目もくらむような実感で眼前に迫る。「ちょいと調べて書きました」というレベルの時代小説とは圧倒的に違う。

この『王朝』も絶版だが、かの『平将門』も現在新刊では入手できないのだという。日本の出版社はどうかしてるんじゃないか? 新潮社、弥生書房、どっちでもいいからさっさと復刊するように!
文春文庫が最近『悪人列伝』などを復刊しているようなので、ついでに『平将門』や『王朝』も出してくれんかな。版権? そんなもの、この名作を絶版にした馬鹿な出版社に文句を言う権利はないのだ。



  1. 2007/06/04(月) 00:28:30|
  2. 読書狂
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Book of Days 2005 #2 アップしました

070601bod2.jpg


メインサイトのギャラリーに「Book of Days 2005」後編アップしました。


  1. 2007/06/01(金) 00:53:02|
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