OK,Darling. But What is Photograph?

だから写真って何なのよ/カマウチヒデキ

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三浦投手と少年

090729miura.jpg

祖父らしき人と一緒に電車に乗り込んできた、推定小学5年生くらいの、少々太り気味だけど運動神経は悪くなさそうな男の子。阪神タイガースの応援用ユニホームを着ている。
残業帰りの阪神・今津駅、甲子園の二つ隣の駅なので、野球の試合の終了時間にかち合うと電車の中は応援帰りのタイガースファンで一杯だ。が、今日は試合終了からかなり時間が経っていたらしく、そんなに満杯というわけでもない。

さてその小学生の男の子が興奮気味に祖父らしき人に話す。断片的でよくわからないが、総合するとこういうことらしい。以下要約。

球場を出たとき、ちょうど相手チームの横浜ベイスターズの選手がバスに乗り込むところに遭遇した。見れば、今日は投げなかったのに三浦投手がいて、バスに乗りこもうとしている。思わず「三浦選手! サインちょうだい!」と声をかけたら、バスの窓を開けてくれた。で、持っていたボールを三浦投手に投げると、三浦投手は軽々と片手でキャッチし「書くものがないから何か持ってない?」と少年に聞いた。少年は持っていた油性ペンを三浦投手に向かって投げると、彼は飛んできた油性ペンをまた片手で軽々とキャッチし、サラサラとボールにサインをし、窓から手を伸ばして少年にボールと油性ペンを返した。

で、その少年は、
「油性ペン投げたとき、三浦、全然ペンの方見てないのに軽々と捕ったで。片手でパシッ、て。見てもせんかった。さすがやわ!」
「めっちゃ早かったやんなぁ。キャップとって、ささっ、て名前書いて、かっこよかったなぁ」
「なんかめっちゃ男前やったわ~」

しきりに感嘆する少年に、祖父がチャチャを入れる。
「どうせやったら阪神の選手にサインしてほしかったやろ」
そう、祖父も少年も応援用ユニホームを着込むほどの阪神ファンなのだ。
が、少年は
「あんなにかっこええのに、敵も味方もないわ。これ、絶対袋に入れて大事にするねん。この油性ペンも絶対もう使わへん。そや、いっしょに袋に入れて封しとこ。三浦、かっこええわぁ。ほんまにかっこええわぁ・・・」

もしかしてこの少年、明日からズブズブのベイスターズ・ファンに鞍替えするかもしれない。

タイガースにFA移籍するかと思いきや、「 ベイスターズは強くはないけれど、そういうところにいて強いチームを相手に投げるのが醍醐味」と横浜に残留した三浦。いいよねー。僕も三浦、大好きです。
こんな「いい話」系のことなんか書きたくないんだけど、つい三浦選手の話だったので。

「子供たちに夢を与える」って、こういうこと言うんだよ、某池山君。
(某池山君はその昔、プロ野球選手会がストを敢行したときのニュース番組に出ていて、キャスターに「夢を売る商売ですから、こういうゴタゴタははやく終結してほしいですよね池山さん」と振られ、「そうですよ。活躍すれば大きい家に住んで、いい車に乗って、って、そういう夢がありますからね」と答えた)

・・・・・・

小川洋子『寡黙な死骸 みだらな弔い』(中公文庫)読了。




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  1. 2009/07/29(水) 00:52:34|
  2. 日々
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準備中です

090728空気弁
http://www.flickr.com/photos/kamauchi/3762434436/

『叙情寫眞』に向けて、着々と準備は進んでいる・・・と思っていたけれど、今まで仮プリントしたものを床に並べて眺めていると、なんだかこれは違うよな、と思える写真が数枚出てきて、だったらこれも、なんて増えていくうちに、全体の1/3がボツになってしまった。

大体いつも写真展のときは、「核」になる写真を何点か先に撮ってしまって、その隙間に、流れだとか揺れだとか意味だとかを語らせたり、または語らせなかったりするための(言い方は悪いが)「埋め草」のような写真を撮って入れていく。埋め草なんていうと軽く考えがちだけど、この埋め草の出来不出来が展示全体の印象を大きく変えてしまうから、実際にしんどいのはこの流れを作る写真を撮ったり考えたりする時間だったりする。

が、今回ボツにした写真の中に、2点ほど「核」が含まれていたので(撮るうちに僕の考える「叙情」の意味もじわじわ変わってくるので、いつのまにかそこから弾き出されてしまっていたのだ)、核が変更になったら、当然「埋め草」も変えなきゃいけない。まだあとひと月以上あるとはいえ、けっこう間際に仕上げに時間を取られたりするから、のんびりしてる時間がない。まずは「核」の撮り直しをしなきゃ。

なんて考えながら、上がってきたネガをチェックしていたら、お、これなんか叙情チックじゃね? 早速スキャンして整えてみる。おお、思った以上にいい感じ。プリントしてみよう! コマンド、シフト、P。プロファイルはPM-4000pxセミグロス・フォトペーパー。ドライバによる色補正、なし。準備万端、スイッチ・オン!

「・・・・・」

ライトマゼンタのインク切れ。予備、なし。

こういうシボみ方が、一番こたえますね。
(1色980円もするからビンボな私は全色予備をストックしておくなんてゴージャスなことは出来ないのです。嗚呼)



  1. 2009/07/28(火) 00:35:27|
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雑な男

090724nikon.jpg

僕はカメラをあまり丁寧に扱う人ではない。今使っているカメラはどれも傷だらけだしヘコみまくってるし、塗装もハゲハゲ。
ストラップの金具が擦れるのも嫌、という人もいるらしいけど、全然そういうの気にしない。もちろん壊れるのは嫌だけど。

写真を始めた頃は、はじめて買った一眼レフのニコンFEを、磨きまではしないが、外で撮影して帰ってきたときには必ずブロアで吹くくらいのことはしていた。
今はブロアなんてネガをスキャナや引伸し機のキャリアに乗せるときにしか使わないなぁ。
レンズにはUVフィルターをつけているので、よほど汚れたらシャツの裾で拭く(笑)。

・・・・が。
ちょっと雑に扱いすぎたようで、この前、街中でカバンからF2を取りだして、空をバックに何かを撮ろうとしたら、ファインダーの中が細かい黒点だらけ。汚い上に、なぜかピントがちゃんと合わない。
三角ファインダーを外してみたら、ファインダー底部の膜面になぜか細かいクズがいっぱい付いているのだが、ブロアを持ち歩く習慣がないのでこのゴミを除去できない(F2のアイレベルファインダーって、そんなホコリが混入するようなユルい構造じゃないんだけどな。一体どこから入ったのか。しかもけっこう大量に)。
ピントがちゃんと合わない理由はすぐわかった。ファインダー・アイピースから視度補正レンズが脱落しているのだ。カバンの底を探したが見つからない。いつもストラップをタスキがけにしてカメラをブラ提げているのだが、腰とカメラが接触するうちにいつの間にか弛んで落としてしまったようだ。

ホコリだらけで、微妙にピントの合いきらないファインダー。
一気に撮影意欲減退。シュルシュル、とテンションの下がる音が聞こえたような気がした。
撮る気が失せたとき、カメラはただ重たい金属とガラスの物体でしかなくなる。ああ、重い。

だめですね。カメラを雑に扱うにも程がある。
こんなことでは写真の神様の罰が下る。
ヨドバシに視度補正レンズを買いに行き(僕は普通の状態では左右1.2~1.5あるくらいに目がいいのだが、なぜかカメラのファインダーは近視用の-2.0か-3.0を付けていないとちゃんとピントが見えない。不思議な左目)、ファインダーをブロアで掃除した。
ついでに、F2以外のカメラも掃除する。

あんまり雑なことしてると写真も雑になりそう。
反省。これから定期的に最低限の手入れはするようにします。
嫌なもんですよ、自分の「シュルシュル・・・」と萎む音を聞くのは。

・・・・・・

小川洋子『偶然の祝福』(角川文庫)読了。
森達也『きみが選んだ死刑のスイッチ』(理論社YA新書)読了。










  1. 2009/07/24(金) 01:02:01|
  2. カメラ
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や、やっぱり人物かなぁ

090721baiten.jpg

オリンパスのEP-1という、コンパクト・デジタルカメラで、そこそこの大きさ(フォーサーズ)の撮像素子で、レスポンスもそんなに悪くなさそうで、デザインも悪くはない・・・という機種が出た。
もっとときめいてもよさそうなものだが、10万近くするし、今どうしても必要とは思えないし、これが商売的に成功したら今後もっとブラッシュアップされた機械が出てきそうだし、と、案外に心おだやかである。
金がない、というのは強いね。半端に持ってる人に物欲というのは湧くのだ。

と、先日ギャラリー・ライムライトに行ったら、オーナー兒嶌さんがそのEP-1セットとほぼ同じ金額で手に入れたというカメラが鎮座ましましていた。
こ、こっちなら欲しいぞ(ヨダレ)。
タチハラのウッドビュー8×10カメラ。ほぼ新品に近いと思われる、ピッカピカ。な、なんでこれが10万円で!?
「どうですカマウチさん、お貸ししますよ」
「う、うう、家に八切暗箱で使おうと思って買った未開封トライXの8×10が二箱あるし・・・」
「ちょうどいいじゃないですか。切らずに使えますよ8×10ですから」
「8×10かぁ・・・」
隣りに置いてあるWISTAの4×5がコンパクトカメラに見える(笑)。
「これでそのトライX2箱を撮りまくってですね。ここ(ライムライト)でドーンと、大判の個展を!」
「むむむむ」
兒嶌さん商売上手。あやうく「はい」と言うところだった。

いやぁ、しかし、一度はお借りしてみたい。
8×10かぁ。やっぱり人物撮るのが面白いだろうな。

  1. 2009/07/21(火) 00:55:23|
  2. カメラ
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「最下位」の戦い方

0717hinako
http://www.flickr.com/photos/kamauchi/3729157125/

ちょっと前に「子供向け・学生向けの本って面白いものが多い」ということを書いた。
今日西宮ガーデンズのブックファーストに行ったら、今まで知らなかったんだけど「理論社YA(ヤングアダルト)新書・よりみちパン!セ」というシリーズのコーナーが特設されていて、この新書、「中学生以上すべての人の/学校でも家でも学べない。キミが知りたい、リアルでたいせつな知恵が満載」という謳い文句で、すでに40冊以上が刊行されている。
面白そうなのが何冊もあって、とりあえず西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』と森達也『きみが選んだ死刑のスイッチ』を買ってきた。

西原理恵子の方をさっき読み終わったばかり。どうにもこうにも整理がつかないんだけど、端的に、短く感想を言えと言われれば、
「中学・高校生の時代に僕がもしこの本を読んでいたら、人生変わってしまったかもしれない」。

奥付を見ると3ヶ月で13刷とあるから、けっこう売れている本のようだ。どれだけ多くの中高生に衝撃を与えているだろう。詳しくは書かない。大人でもかまわないから、実際に読んでみることをおすすめする。
西原理恵子って、今まで『恨ミシュラン』くらいしか読んだことなかったのを猛烈に反省しています。読む! 読みます!
10年経ったらヒナコにも読ませよう、なんて考えている



  1. 2009/07/17(金) 00:48:37|
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『父子手帖』/他

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http://www.flickr.com/photos/kamauchi/3712653763/


ジョン・B・チョッパー『父子手帖』(ビジネス社)、セブン&ワイで買って、即日読了。なんか沁みる文章。
ウルフルズ活動休止らしいし、せっかくだから(?)もっと文章の仕事をしてほしい。

・・・・・・

その他の読書。

小川洋子『犬のしっぽを撫でながら』(集英社文庫)。
僕は自分の配偶者を「主人」と呼ぶ女性が嫌いである。ひっかかったのは、まぁ、そこだけなんだけど・・・面白かったんだけど。なんかなぁ。
文筆を業とする人で、迂闊にそういう表現を選択するとは思えないから自覚的なんだろう。せっかく書くもの面白いのに、なんか、ちぇっ、て感じ。

しかし、日本語には配偶者を表す、もっとましな言葉はないものか? 妻、夫、というのが一番ニュートラルな表現なんだろうけど、どうもよそよそしくて言いにくい。大阪弁的にはかなり元意の薄まった「ヨメさん」「ダンナ」という言い方があるけれど、薄まっても元意は元意である。会話では使っても、文章には書けない。
仕方なしに「相方」という言葉を使っているが、「仕方なしに」なのであって、他に適当な言葉が思いつかないだけ。相方って、漫才じゃあるまいし。何かないのかな。
上記『父子手帖』で黒田君が配偶者のことを一貫して「奥さん」と書いているのは、全然嫌だと感じない。「奥さん」も役割を規定する言葉だからあまり使いたくはないけれど、誰がどう使うかによってニュアンスは変わるわけで・・・ああ、日本語って難しいな。

田川建三『立ちつくす思想』(勁草書房)、たぶん十何度目かの再読。ただし拾い読み。彼のシモーヌ・ヴェイユ解釈はおそらくもうとっくに古びてしまっているだろうけど、高校の頃から何度も何度も読んで血肉の一部になってしまっているから、すでにいいの悪いのという話ではない。
ただ、好きなので読む。








  1. 2009/07/15(水) 07:51:45|
  2. 読書狂
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『叙情寫眞』

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http://www.flickr.com/photos/kamauchi/3706508653/


9月6日(日)-12日(土)、大阪・帝塚山のギャラリー☆ライムライトで、中村浩之さんと二人で写真展をします。
巨大な魚のモノクロプリントの展示『mega』(大阪ナダール)や、4×5カメラの手持ちで街をスナップした『Reverberation‐残響‐』(神戸・ギャラリー葉月) など、いつもスケールのでっかい展示で(文字通り寸法もでっかい)皆の度肝を抜いてくれる、あの中村浩之氏です。

紆余曲折の末、とりあえずタイトルが決定しました。

『叙情寫眞』

悩みに悩んだ割には、えらく直球勝負なタイトルになりました。

実はここに決着するまでの道筋がものすごく面白かったのです。まずテーマを決めるに当たって、実際に焼鳥屋であーだこーだと話し合ってみたのですが、二人ともノンベですから、飲んでしまえば話し合いもろくに進まず(笑
で、メールでお互いに写真についての質問をぶつけ合ったりして、その応酬の中からテーマを探そうという話になり、以来かなりの回数で相当つっこんだやりとりが交わされました。

そこまで議論した末の着地点が『叙情寫眞』。
その着地の仕方をひとことで説明するのは難しいので、交わされたメールを全部プリントして展示会場に置いておけば面白いんじゃないかと僕は勝手に思っています。読み返せばかなり読み応えのある写真論の応酬になっています。
長いから誰も読んでくれないかも?
ちょっと短めに編集してみてもいいし。
『叙情』って何だ、ってところから説明しないといけないけど、かなり迂回して着地するので面白いですよ。

今はDMデザインについてあーだこーだ議論しているところです。

さて、久々の展示だし、相手は手強いし。
頑張りまっす! 


  1. 2009/07/11(土) 01:03:46|
  2. 展示
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野呂邦暢と向田邦子/他

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■豊田健次『それぞれの芥川賞 直木賞』(文春新書)。

本としての構成は、あんたほんとに有名な文芸編集者やったんかい、と突っ込みたくなるくらいグダグダだが、それはさておき、本書の前半はほとんど野呂邦暢書簡集といっていいくらいで、野呂邦暢好きにはたまらない資料集。
野呂邦暢が好きな人はもちろん、彼の本を読んだことのない人にも読む価値あり。モノを作る人間の執念、熱情、悲哀がひしひし伝わってくる、ある意味名著である(前半はね)。返す返すも野呂邦暢の夭逝を惜しむ。

後半熱を入れて語るのは山口瞳と向田邦子だが、山口瞳のあたりで、なんかグダグダに文章が崩壊してしまって、本として酷いことになっている。
前半と、最後の向田邦子・野呂邦暢のカラミだけにして『野呂邦暢の手紙』とかいうタイトルにしたらいい本になったろうに。売れないだろうけど(苦笑)。

向田邦子が「野呂邦暢って凄い小説家なのに、全然名が売れてないのは何故? 私が有名にしてみせる」とばかりに、彼の『落城記』ドラマ化の総合プロデューサーを買って出た。本当は『諫早菖蒲日記』をドラマ化したかったらしいが、さすがにあの地味な小説(大傑作なんだけど)をテレビ局にいきなり売り込むのは無理と悟り、派手な合戦シーンも恋愛譚もある『落城記』を手始めに、という考えだったのだという。
そのドラマが完成する前に、野呂邦暢は心筋梗塞に倒れ急死。向田邦子も追うように台湾行き旅客機の墜落でこの世を去るという、結果的に彼らのどの小説よりも劇的な幕引きとなった(1981年『わが愛の城』としてドラマは放送された)。


■小川洋子『薬指の標本』(新潮文庫)

小説というのは、その作品の閉じた輪の中での一定のルールに破綻がないかぎり、何をやってもよいわけである。
昔宮部みゆきのあるミステリーで、登場人物がテレポーテーション可能、というのがあった。そんなんズッコイやん! というわけではなく、「彼はテレポーテーション可能」という一行がちゃんとルールに刻まれているわけだから、それは堂々とミステリーとして成立するわけである。
この『薬指の標本』も、なんか独特なルールに支配された閉じた世界の中で展開する(といってもミステリーじゃないんだけど)。
この小説で語られる「標本」って一体何だろう、と考えながら読者は読み進み、いったん作者が出してくれる、わりとありきたりな解答にちょっと肩透かしを食い、肩透かしでよろめいたところを、そのまま転がるように、解決不能の結末に歩を進めさせられる。最後にちょっと、「ルール」から出そうな予感で終わっちゃうのがいい。
面白かったです。フランス人監督が映画化したんだそうな。どんなだろ。


■岩波書店編集部編『表現する仕事がしたい!』(岩波ジュニア新書)

岩波ジュニア新書などの子供・学生向けの本って、けっこう面白いのが多い(まぁ、つまらないのももちろんあるんだけど)。なんせ相手が小中高生だけに、書き手もできるだけ平易に、かみ砕いて書く。
小手先でレトリックを弄して小難しく高尚に見せることにのみ血道を上げているような小賢しい書き手は、子供向けの本なんか書けない。小中高生に理解できる文章で言いたいことを全部書いてしまえるのが理想で、それに成功している著者の本はもちろん大人が読んでも面白い本なのです。
いくら丁寧な語り口で書いても、上から目線で教え諭すような書き方の胡散臭さは、子供だって実はそんなに馬鹿じゃないので、たぶん見抜いてしまう。
やっぱり相手が中高生であれ子供であれ、対等に語るべき相手として臨まなくてはならない。

漫画家の安野モヨコやギタリスト村治佳織、シンガーおおたか静流、写真家丸田祥三等13人が自分の仕事について語る本ですが、写真家として丸田祥三を選んだ編集部もかっこいいな(笑)。
丸田さんの章のタイトルが「無理解と対峙し続ける、ということ」。
プロの棋士だった父親に「写真は何度もやり直しがきいて、多く撮った中から最良のものを選ぶ、という緊張感のなさが気にくわない」と言われ、廃墟、廃線、どこであれ、撮影に向かった場所で1ショットしかシャッターを押さないことに決めた、という話が、大人もシビれるかっこよさ。


  1. 2009/07/05(日) 00:45:42|
  2. 読書狂
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『博士の愛した数式』/銀治さんと飲んだ

090702hakase.jpg

日帰り(!)で東京出張があったので、さて行き帰りの新幹線で何を読もうかな、と考えた。読みかけの稲垣足穂があるけど、ああいう本は乗れないときにはまったく乗れない恐れがあり、その場合せっかくの移動時間を無駄にすることになるから、まず間違いない本を選ぶべきである。

で、「間違いない」と踏んで持っていたのが小川洋子『博士の愛した数式』(新潮社)。かなり話題になった本で、すごく面白そうだと思ったのにまだ読んでなかったのだ。

予想に違わず、とても面白かった。
突っ込みどころはある。題材が題材だけに、数字の符合だとか、どうしても後出しジャンケン的な出来過ぎ感がぬぐえない。推理小説だったとしたら(違うけど)批難を浴びかねない。
でもそんな「欠点」なんか吹っ飛ぶくらいに面白かった。わりと前半、1から10までの数字を足していくつになるかを別の考え方で解くように、と博士に宿題を与えられた母子が、ついに正解にたどりついた場面、博士が感嘆するセリフに涙が出た。あ、譬喩ではなくて、本当に涙が目から溢れた。凄い!

「突っ込みどころはある」なんてわざわざアラ探しするようなことを書いたのは、「『欠点』なんか吹っ飛ぶくらいに面白かった」という一文が書きたかっただけの話で、僕のつまらない安っぽい修辞技法である。
簡単に書いてしまえば「僕はこの小説が大好きである。登場人物も、全部好きだ」で終わってしまう。
あ、それでいいのか。

深津絵里と寺尾聰で映画化されたそうだけど、う~ん、配役的にどうだろう?
深津絵里はともかく、寺尾聰? もっとイッちゃってる役者いないかなぁ。登川誠仁が標準語喋れたらなぁ・・・なんて言ってもわからんか。
あ、それと勝手なイメージで申し訳ないけど、小説読みながら僕が主役の家政婦さんとして思い浮かべていた顔は、なぜか川本亜矢さんでした(笑)。なんでだろ。なんか、なんとなく。
あの、徐々に没入していく感じ? ははは、勝手にすみません。

・・・・・・

夕方までフォトショップのセミナー受けて、そのあと終発の新幹線の時間まで、あのカメラ物慾系名物サイト『感染ルンです。。。』の銀治氏と新橋のオヤジ居酒屋で飲む。web上の付き合いは長いけど、実はお会いするのは初めてでした。
いやー、バリバリの同業者さん。同業者ならではの面白い話やら、怖い話やら、たぶん他の人の入って来れない話題で3時間。あ、普通のカメラオタク系の話もしましたけど。ノクチ、でか~い。

たいへん面白うございました。ありがとうございました。またぜひ飲みましょう!


  1. 2009/07/02(木) 06:59:29|
  2. 読書狂
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