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OK,Darling. But What is Photograph?

だから写真って何なのよ/カマウチヒデキ

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キャンドル作家SYさん

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  1. 2018/10/11(木) 11:10:11|
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平成30年7月豪雨のさなかにやらかした激甚腰痛についての覚書

二十歳くらいのときギックリ腰をやらかしてから、三十年間、時々腰痛に苦しめられる。
腰痛が癖になる、というのは本当だと思う。重い荷物を運ぶのが仕事ともいえるカメラマン稼業であっても、僕より年上で「腰? やられたことないんよね~」なんていう人もいるが、若い頃一度でもやらかせば、だいたい癖のように定期的に繰り返している人が多い。
僕の場合は劇団在籍時、知り合いの劇団の仕込み(舞台設営)を手伝いに行ったとき、舞台の土台に使う一畳単位の「平台」という厚みのある箱板を運んでいて、同じ平台を運ぶ者同士でぶつかってしまい、そのときに記念すべきギックリ腰第一号をやらかした。一週間くらい動けず、バイトも休んだので生活まで困窮し大変だったことを覚えている。
今回の腰痛も、ひょいとハズミのようなことでやっちまった。
いつものカメラバッグ(ショルダー型)をかけたまま、床に置いてたカメラを取り上げようとしたら、背中でバッグがゴロンと動いた。そのちょっとした重心移動に体が面食らって、

ぴきっ

とやっちゃったのである。
そのままへたりこんだ。やった瞬間から、ああ、これはオオゴトなやつだ、という予感がする。
すぐさま職場に電話を入れる。今日、行けません。明日も無理かも。。。。

とりあえず、行きつけの整骨院へ行こう。
時しも西日本大豪雨のさなかである。外はプールをひっくり返したような爆雨である。
タクシーを呼ぼうと思ったが、座席に座ったり、到着後立ち上がったりする自信がない。歩くことにする。
傘もほぼ役に立たない大雨の中、秒速20cmくらいでカタツムリのような歩を進める。整骨院につくのに何時間かかるだろう。晴れていれば10分で歩ける距離なのに。
腰痛のときは案外歩くより自転車の方が楽だったりするものだが(姿勢が一定に保てる)、今回は自転車をまたぐことすらできない。
いつもの4~5倍の時間をかけて整骨院につく。
帰り道、倍ほどのスピードで歩けるようにはなるので、整骨院というのは凄いものである。倍と言っても秒速20cmが秒速40cmになるだけなのだが。

翌日どうしても出勤せねばならなくなり、午後からでいいから、というので、渾身の力を振り絞って家を出た。そのまま梅田行きの電車に乗る。座ることもできないので扉際のポールにしがみつく。定期的にせり上がってくる激痛に、とりあえずセミのようにポールに抱きつくしかすべがない。苦悶の表情でポールを抱きしめる五十男を阪急電車の中で見たことがあるとすればそれは僕だ。
阪急梅田駅からアウトドアグッズ店がならぶALBi(アルビ)という専門店街まで、距離600m(グーグル・マップ調べ)。目的はALBiの一番奥にあるアウトドア用品店モンベルだ。
以前、同じような腰痛をやらかしたとき、友人がトレッキング用のストックを一本持ってると便利だよ、と教えてくれたのだ。そのときにすぐ買っておけばよかったのだが。
とりあえず、なにか縋るものがないと、何もできやしない。出勤前に歯を食いしばってアウトドア用品店を目指す僕。
友人が勧めてくれたのは取っ手が丸い、キャップを外せばカメラ用の一脚にもなる(ネジ内蔵)ストックだったが、腰痛時以外にも役立つかどうかなんて今はどうでもよくて、体重を支えやすそうなT字型の普通のストックを買った。レジのお姉さんに「今使います、包装しないでください」と言い、同情の目に見送られながらモンベルを出た。

遅くに西宮の職場に出勤し、喫緊の仕事だけ片付けて、爆雨の中帰途につく。
豪雨で阪急電車とJRは完全に止まってしまったので、阪神電車で尼崎駅まで出て市バスで帰る作戦。
徐行する電車の中でも定期的に激痛がせり上がってくる。しかし今はこの杖がある。憤怒の形相で杖にすがって痛みをやり過ごす。ぬおおおお! と声が漏れる。眼の前の座席に座っていた若い男性がみかねて席を譲ってくれようとするが「すみません、座れないんです、お気持ちだけ」と謝意を述べる。どんな顔で言ったかはもうわからない。
尼崎に着くとバスターミナルはここはアジアのどの国だ、という風情にごった返していた。なんせ阪神電車と市バスしか動いていないとなれば、尼崎市域の人はみなここに参集せざるを得ないのだ。バスの回送を妨げるほどに人が密集し、市バスはどんどん臨時便を増発してくれるが、それでも雲霞のごとき群衆の数は一向に減らない。
どれだけ時間がかかったか、もう痛すぎて覚えていない。ようやく乗れたバスの中で、最後の踏ん張り。よくぞこのストックを買っておいたものだ。座席の持ち手とストックの両方に縋って、40分間のバス車中を耐える。帰宅後、ベッドに撃沈。次起き上がるときの地獄を想像しても仕方がない。今は寝る。なんとしても寝る。





  1. 2018/10/11(木) 11:00:12|
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