
写真っていうのは表面しか写らない。
人の「内面を写す」とか、そういう甘っちょろいことを考えてはいけない。
写真ってのはそういう大層なものではない。
大体内面って何だよ、とか思うし。
そんな、写真一枚で「表現」できてしまうような薄っぺらい人なんていない。
いるかもしれないけど、そんな人の写真が面白いかどうかわからない。
写真は瞬間しか写らないが、人って瞬間瞬間を拾って語れるものではない。そういう無数の瞬間の連続であり、寄せ集めであり、混沌であり、総体であり、部分である。
そんなわけのわからないものの、ほんの一瞬を切り取っただけのことに、どうしてそんなに過剰な意味づけを求めるのか。
瞬間なんて、たかだか瞬間でしかないんだぞ、ということを確認したくて撮るのが写真なんじゃなかろうか。
と、常々思っているんだけれど。
・・・・・
「そうだよ写真は表面しか写らないんだよ。だからその表面を頑張って綺麗に撮ってあげるのよ」
と何かでアラーキーが言ってた。
・・・・・
杉浦日向子の、死ぬ数ヶ月前のポートレートがある。
撮ったのはアラーキー。
杉浦日向子の「表面以外」が写ってるような気がしてしかたがない。
いや、写っている。
100年に1枚の写真だと思う。
凄すぎて、他の杉浦日向子の写真が後ろへ吹っ飛んでしまう。
杉浦日向子といえば、もうこのポートレートしか思い出せなくなってしまう。こういうのが写真の怖さなんだな、と思う。
でも、アラーキーにお礼を言いたい。
こんな凄いポートレートを残してくれて、本当にありがとう。
*(白水社『写真ノ話』、スイッチ・パブリッシング『空事』等に収録)
- 2008/06/21(土) 00:49:21|
- 写真
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難しぃぃぃぃ。
難しぃぃぃぃ。
ワタシはとんでもないけど、写真の何たるかなんて、ヒトコトも申せませんワ。
ただ、その一瞬、その瞬間って、
のがしてしまったら、もう2度と出会えないんだなぁ、って思う。
たとえば、夕陽がキレイで、屋根と背の高い木と夕陽の端っこを撮ろうと思って、
そしたら、カメラのフィルムがちゃんと送れてなくて、
あれれと思ってガリガリやってたら、
もう、ほんの少しだけ夕陽の位置が変わってて、
さっきの瞬間撮りたいと思った景色は、もうナイ、みたいな。
うーーーん。
上手くゆえません師匠。
難しぃ。
- 2008/06/21(土) 12:01:18 |
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- くずは #-
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違います。それは夕陽の位置が変わったから撮りたい景色がなくなったんじゃないのです。
フィルム送るのにガリガリやってるうちに、その景色をキレイだと思えなくなっただけです。
「瞬間」なんてものに大した意味はないのです。
ていうか、今は人物の写真の話をしとるんだよ、チミ。
ま、早い話がフィルムがちゃんと送れないようなカメラ使うな、ってことです。
- 2008/06/21(土) 12:30:51 |
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- カマウチ #7HtI5gQY
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あぁぁぁぁ・・・( ̄□||||
そんなに何度も「瞬間」の意味を否定されたら、
アタイのHPのタイトルがどんどん空虚になってゆく〜〜〜。
- 2008/06/21(土) 18:07:47 |
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- くずは #-
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無駄な瞬間は何もない → すでに「瞬間ではない」ってことじゃん(笑
- 2008/06/21(土) 23:37:56 |
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- カマウチ #7HtI5gQY
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